ロンドンは世界中からクリエイティブが集まる競争社会です。

私は大学院を修了して、ロンドンで人脈を作るべくパーティがある時には大人数が苦手ながらも顔を出していたりしました。

そこでは有名なファッション雑誌のエディターをしている人や、フォトグラファー、クリエイティブディレクター、アニメーターなどいろんな人に出会いました。

そこで気づいたことがあります。

それは、表面でジャッジする人と、そうではない人の2種類に分けられるということです。

表面というのは、着ている服装などだけではなく、クリエイティブとしてどれだけ成功しているのか(有名なクライアントと仕事をしているなど)、あるいはどれだけフォロワーがいるなど、そうした目に見える部分でジャッジされているな、と感じる時があります。

私はまだキャリアを始めた身ですから、当然大きな成功事例などもまだありません。そうです、「何者」でもないのです。

そうした時に彼らは、話の輪に入れない、会う時間を取ってもらえない、あるいは直接お会いして私がSNSをフォローしても向こうはフォローをし返さないという、わかりやすい線引きをしてきます。

別に文句を言っているわけではなく、そもそもパーティが人脈を作るための仕事の場所であり、お友達を作る場ではないので、私のような人は彼らの目的に合わないのでしょう。

(あるいは、私のスモールトークスキルが低い可能性も否めません。人見知りではないのですが、芸人さんみたいに話術があればなあ。)

逆に私が時間をかけて、どういう思考でどんな作品を作っているのかを知ってもらえた時、突然フォローバックをしてくれて、その後仲良くなることもありました。

良くも悪くも、実力がものを言う世界なのだと痛感させられます。

一方で、そうした肩書きなどで一切ジャッジをしてこない人もいます。面白いことに、そうした人に共通しているのは、すでに大きなクライアントとも仕事をしたことがあるようなその世界では活躍している人たちなのです。

年齢に関係なく、彼らは等しく人の話に耳を傾け、何者でもない私にもいろんな可能性を見出してくれました。

時には、私がどんな肩書きであるのかをそもそも聞いてきたりせず、逆に向こうも名乗ることもなく、人対人、で対話をしてくれる時があります。

私がどんな考えをしているのか、どんな人間なのか、という内面を深く見てくれる気がします。ただ目の前にいる私という「人間」に興味を持ってくれるのです。

立派な人こそ見下さない、ということを知ることができたのはまだこの世界には希望が持てるなと思いました。

そして、私もいつか彼らのような大きな存在になれたとしても、決して表層で人をジャッジしない人間でありたいと思いました。